第251回「『チリ地震津波』から60年」

伊藤和明の「防災えんす」

第251回「『チリ地震津波』から60年」

今からちょうど60年前の1960年5月、日本の太平洋沿岸は、まったく地震など感じていないのに、突然の大津波に襲われました。
これは、日本の近海で起きた地震による津波ではなく、はるか南米チリの沖合から、はるばる太平洋を渡ってきた津波で、「チリ地震津波」と呼ばれています。
今回は、そのような津波の事例について取り上げます。

第245回「『末の松山』と大津波」

伊藤和明の「防災えんす」

第245回「『末の松山』と大津波」

新しい年を迎えて、ご家庭で「百人一首」を楽しまれた方も多いと思います。
「小倉百人一首」というのが正式の名称で、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人・藤原定家がまとめたもので、京都嵯峨の小倉山荘で選定したことから、その名があります。
名前のように、100首の和歌が集められているのですが、その中に「末の松山」という歌枕の詠みこまれた一首があります。

今回はこの和歌と津波災害の関連についてお話しします。

第237回「日本海側で起きた地震と津波(2)」

伊藤和明の「防災えんす」

第237回「日本海側で起きた地震と津波(2)」

前回に続いて、日本海側で発生した地震と津波について、今回は、20世紀後半に相次いだ2つの大地震と津波について取り上げます。
一つは1983年の「日本海中部地震」、もう一つは、その10年後に発生した1993年の「北海道南西沖地震」です。いずれも、大津波によって、大災害をもたらしました。

第236回「日本海側で起きた地震と津波(1)」

伊藤和明の「防災えんす」

第236回「日本海側で起きた地震と津波(1)」

去る6月18日の午後10時22分、山形県沖の日本海を震源として、マグニチュード6.7の地震が発生しました。この地震で、新潟県村上市で震度6強、山形県鶴岡市で震度6弱を観測しました。
幸い死者は出なかったのですが、26人が怪我をしたと報告されています。
振り返ってみると、日本海側では、これまでにもたびたび規模の大きな地震が発生していて、大津波災害をもたらした地震も知られています。

そこで、2回にわたって、過去に日本海側で起きた地震と津波災害について取り上げます。

第231回「火山体の崩壊と津波災害(2)」

伊藤和明の「防災えんす」

第231回「火山体の崩壊と津波災害(2)」

前回は、インドネシアで起きた火山体の崩壊による津波の話題を取り上げましたが、この事実は、同じように火山国である日本にとっても、決して他人事ではありません。歴史を振り返って見ると、火山体の崩壊によって大津波が発生した事例は、いくつも知られております。

今回は歴史を振り返ってお話しします。

第230回「火山体の崩壊と津波災害(1)」

伊藤和明の「防災えんす」

第230回「火山体の崩壊と津波災害(1)」

昨年12月22日の夜、インドネシア中部、ジャワ島とスマトラ島とを隔てるスンダ海峡で、地震も起きていないのに、大津波が突然沿岸を襲い、甚大な災害となりました。これは、近くにある火山が噴火とともに崩壊して、津波が発生したと言われています。

今回はこの問題についてお話しします。

第217回「津波地震の脅威」

伊藤和明の「防災えんす」

第217回「津波地震の脅威」

地上で感じる地震の揺れが弱くても、大津波だけが襲来する。そのようなタイプの地震のことを「津波地震」と呼んでいます。
その典型的な事例が、今から120年あまり前、東北地方の三陸沿岸に大災害をもたらした「明治三陸地震津波」でした。

今回はこの明治三陸津波と「地震津波」についてお話しします。

第215回「大阪を襲った河川津波」

伊藤和明の「防災えんす」

第215回「大阪を襲った河川津波」

津波が川を遡ることはよく知られていますが、7年前の東日本大震災でも、川を遡ってきた津波が街に溢れて、思いがけない災害を招きました。

「河川津波」という言葉が生まれたほどです。実は、歴史を調べてみると、大阪市がそのような河川津波に見舞われたことがありました。

今回は、この話題についてお話しします。

第211回 「昭和の南海地震」(2)

伊藤和明の「防災えんす」

第211回 「昭和の南海地震」(2)

先年亡くなられたた俳優の森繁久弥さんは、1946年、昭和南海地震が起きたとき、偶然にも徳島県の被災地にいて、大津波を体験したのだそうです。そのときの回想を著書『森繁自伝』に記しておられます。

今回は、森繁さんの津波体験記から、何が読み取れるかについてお話しします。

第210回 「昭和の南海地震」(1)

伊藤和明の「防災えんす」

第210回 「昭和の南海地震」(1)

今から71年前の1946年(昭和21年)12月、昭和の南海地震が発生しました。前年の8月に日本は終戦を迎えたものの、食料も衣料も不足し、物価がどんどん上昇して、人々はみな苦しい生活を強いられているさなかに発生した大地震でした。

そこで、今回と次回、2回にわたって、この昭和南海地震を取り上げることにします。